関宿藩処刑場跡(納谷の首切塚)取材

 


関宿藩処刑場跡(納谷の首切塚)取材

旧千葉県東葛飾郡関宿町に関宿城城下に存在した処刑場

現在は、千葉県野田市に合併され住所が変わっており

場所:千葉県野田市関宿台町2871?5

ここは、不可解な事に、野田市の広報には載っていない
(もちろん、昔から存在している)

その理由を野田市に問い合わせてみると

市として広報する対象とは今のところなっていない・・・

というもので、どうも歯切れの悪い感じであった
(まあ、縁起の良いものでも無いということなのだろう)

処刑場跡は、少なからず「霊」的な現象はあるものだが

ここの場合、夜中に前を通ると、老婆が飛び出してくる

とか、白いモヤが目撃される、ロックしているドアが

開いた、などの噂がある

話は変わるが

本物処刑場跡というものは、川や海のすぐ近くにある

理由は、首をはねた時の大量の血液の処理や、遺体の処理に

都合が良いからで、つまり、実際に首をはねるのは

「川辺(海辺)」で行う事が多いという事だ

なので、今回の取材順路は

関宿城(実際に建っていたところから少しずれて移築再現されている)

から処刑場跡、そして、実際に首をはねたと思われる「川辺」

という事になる
(川辺は真っ暗だが、行かない訳にはいかない)

今回は、車中でのしゃべりが、ほとんど聞き取れないアクシデント
が発生(申し訳ございません)次回からセッテイング気をつけます
※テロップで補足いたしました

↓関宿藩処刑場跡(納谷の首切塚)取材

「取材後記」
この関宿という町は、荒川、利根川の2つの川に挟まれている
かなり特殊な地形となっている
(巨大な中洲の様な土地だ)
船輸送標準だった昔は「関所」の役割をしていたわけで
いわゆる「関所城」といったところだろう
(違っていたら教えてください)
※ちなみに、この辺りの利根川は、坂東太郎という異名まで
もつ、とんでもない暴れ川だったらしい・・・
(犠牲者の数は正確には分からない※関宿城内に資料展示があるらしい)







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